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東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)77号 判決

原告

石井助

被告

特許庁長官

井上武久

右指定代理人

佐々木清隆

外一名

主文

特許庁が、昭和三十九年五月二十七日、同庁昭和三十五年抗告審判第二、七〇三号事件についてした審決は、取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実《省略》

理由

(争いのない事実)

一本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二本件審決は、本願発明をもつて、発明として未完成であるとした点において判断を誤つたものといわざるをえない。当事者間に争いのない本願発明の要旨に徴すれば、本願発明は、軸に遊向歯車又はこれと同様な作用をする装置を設け、ピストンの作動力がこの遊向歯車又はこれと同様な作用をする装置により、軸を一方向に回転せしめるようにした熱機関の構造にあることは明らかであり、熱機関において、軸に設けた遊向歯車(又はこれと同様の作用をする装置)を利用して、該軸を、ピストンの作動力により、一定方向に回転せしめること自体は、必ずしも実施不能とは認めがたい(それが工業的発明というに値する技術かどうかは別として)。けだし、このような機構自体が実施可能であることを否定すべき顕著な事由は、これを見出しえないからである。本件審決は、本願実施例第一図に示すピストン作動軸9は、その図面に示されたような機構のもとにおいては回転不能となるから、本願発明は、所期の作用効果(それが何であるかは本件審決において明らかにされていない。)を達成しがたく、未完成のものであるとし、本願発明の明細書及び図面によると、原告の説明にもかかわらず、本願実施例第一図に示された軸9は、チェーンの弛み及び遊向歯車の回転角度の割合を考慮しても、なお、回転不能となることは、同図に示された機構に徴し容易に推測しうるところであり、このため、格別の設計を施さない限り軸1の回転も不能となるものと認められるところ、実施例の一が何らかの設計を施さない限り実施不能であるからといつて、本願発明の要旨に属する機構自体が実施不能といい難いことは前説示のとおりであるのみならず、明細書記載の他の実施例の実施可能の有無を何ら検討することなく右の一事をもつて、本願発明を直ちに未完成のものと断ずることはできない。要するに、本件審決が、本願発明について指摘するところは、本願発明の要旨そのものに関するものではなく、これを実際に作動させるための附随的機構に関するものにすぎないから、それに本件審決が指摘するような実施上の欠陥があるからといつて、直ちに、本願発明の要旨そのものが実施不能であるといいがたいものといわなければならない(明細書に記載された実施例に実施上の欠陥があるとすれば、旧特許法施行規則(大正十年農商務省令第三十三号)第三十八条第三項違反の問題である。)。

(むすび)

三叙上のとおりであるから、その指摘する点において判断を誤つた違法があるとして本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、その限りにおいて、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(三宅正雄 武居二郎 杉山克彦)

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